パイナップル通信

毎日元気にのびのびと、時々立ち止まって考えるメモ

結婚の理由、女性の場合

このあいだちょっと機会があって調べ物をして見つけたデータを見て、本当にやるせなく悲しくなったのでこれを書きます。

 
元データは内閣府政策統括官(共生社会政策担当)のとった結婚・家族形成に関する調査というものでデータ自体は平成23年ものです。発表された時には「未婚のうちのx%が交際経験がない」など、一部のデータがネットでも話題になっていた記憶があります。これはつまりなぜ昨今の若者が結婚しないかとかの原因を知るためひとつのの調査で、既婚者と未婚者それぞれにどういう理由で結婚した(い)か、などなどを聞いているわけです。
 
その中で私が見たのは未婚者男女の結婚したい理由、でした。トップの回答は「好きな人と一緒にいたい」「家族を持ちたい」などで男女ともほぼ同率でしたが、幾つかの理由で男女差が見られました。
下記がそのデータです。差が激しい順に書きますね。
 
  1. 経済的な安定を得たい:女性42.9%、男性15.5%、27.4%差
  2. 老後に一人でいたくない:女性44.3%、男性34.6%、17.5%差
  3. 両親や親戚を安心させたい:女性46.8%、男性34.6%、12.2%差
  4. 適齢期である:女性24.3%、男性14.4%、9.9%差
 
ふたつ目の老後が一人はいやというのはともかくとしても、女性は「経済的に安定して」「親を安心させるために」「適齢期に」結婚したい!という気持ち男性と比べてよりを持っている…これ悲しくないですか?
 
これは女性が経済的に安定するためには結婚を頼らざるを得ないような就労環境だってことだし、女性はより両親やまわりの期待により応えようとする(そうするように育てられてきた)てことだし、年齢とともに自分の価値が下がることをひしひしと感じているってことでしょ、これ。
 
もし私に女の子がいたら、きちんと教育を受けさせて能力を高め、社会へ送り出すと思います。そうすれば老後を心配しながら経済的に安定するための男を選ばなくてすむし、どんな男性を選ぶかで親がはらはらすることもなく、万が一その男性と気が合わなくなっても何なら一人で食べていけるのでむしろ安心。もっと広い視点から伴侶を選べるし、いいことづくめです。
 
一番リスキーなのは「女の子はお嫁に行くから学は必要ない」ってタイプの教育です。これだけはやめて。ある意味虐待だからね。学ぶ機会を取り上げるというのはその子の人生のオプションを取り上げるってことだから。
 
残念ながらうちに女の子はいないので、私は自分の子供世代の女性のためにうちの息子ズが女性の役割を家庭に押し込めず家庭を共同運営できるような男性に育ってくれるようがんばります。(息子が女性と結婚しようがしまいがべつにどっちでもいいけど、もしするならってことで)

育休世代のジレンマについて(とりあえずの感想)

WM界隈で話題の一冊、早速読みました。思っていることを幾つかまとめておきたいと思います。

この本の良いところはまず「なぜ?」というところに主眼を置いた調査と考察であるところです。今まで統計として出産で6割の女性が退職してしまうとかはよくありましたが、定量的な分析ではでてこななぜ、を中心に書くことでこれまで語られてこなかった生い立ちや教育、環境、考え方の変化や仕事選び、夫選びまでを勘案してなぜこういうことが起きているのかを考えています。定量調査ではなかなかここまでさかのぼって関連を考えることはできない。いま起きている事象の何が一番重要な原因か、解決のためにひけるレバーはあるのかということを考える上でこのインデプスな定性調査のインパクトと大きかったと思います。


ターゲットを高学歴正社員に絞ったことも私は非常に意味があると思います。一番恵まれていると思われるこの層が両立をできないならその他の層にとってみてももっと難しいでしょう。女性の働き方の問題は他にも色々とありますが、まずはできるところから改善しているべきだし、高学歴正社員を調べて他の層に同様に出てくる問題もたくさんあるはず。問題をクリアにあぶり出すためにもターゲットを絞ったのは良かったと思います。

具体的な提言にまで踏み込んでいることも良かった。これを参考に自分はどうするべきか、会社/夫/子供/世の中に何を訴えていくべきかが具体的にわかるのは非常にいいことだし、にたような境遇の人たちが連帯する上での共通の目的を持ちやすくなります。

ちょっとまとまりないけど一旦ここまで。続きはまた後日。

人の人生の話は若い人のでも楽しい

こないだ美容院でいい話聞いたのでメモ代わりにまとめておこうと。

その美容師さんは元々調理師の専門学校に行ってて、もちろん調理師になるつもりだったらしいんだけど、途中で美容師に転向したそう。理由はレストランで働いて、ある程度仕事を任されるようになっても、食べるひとは誰が作ったかわからないままなのが嫌で直接お客さんと接点のある美容師に転向したそう。「僕のやった仕事だってことをお客さんに見てもらいたいじゃないですか。だって、人が作ったご飯でも好きな子が作ってくれたものとお店のものじゃ気持ちの伝わりが違うでしょ。気持ちが乗ってることがやっぱやっぱ大事だなって思って」

これ、今思い返してみると色々突っ込みどころはあると思うんだけど、それでも私がいいなって思ったのは、毎日私が作ってるご飯もなんらかの意味があるじゃないかと思えたから。たとえ品数が少なくてもメニューに偏りがあっても、ごはんを食べて健康に大きく育って欲しいという気持ちが後ろにあることは間違いない。献立考えるの大変だし、作り置きしたり、喜んで食べてくれるメニューを考えたり、好きじゃないとかって残されたりしてるけど、毎日毎日ご飯を作ってることで伝わってるものはきっとあるんじゃないかと、なんだか認めてもらえたような気がしてホッとしたのです。

若い美容師さん(23歳だって…高校生の妹さんがいるって…)だけど、なんか教えられた感ありました。これだから人の人生話を聞くのは楽しいんだよね〜。


朝ごはんにパンケーキを

最初に告白しますが料理が苦手なんですね。料理だけじゃなくて家事全般だけど、ご多分に漏れず料理もいまいちです。嫌いじゃないんだけどな…。料理のプロセスで言うところの

1)献立を考える

2)材料を準備する

3)出来上がりの順番を考えながらオンタイムに製作する

の1と3が苦手なのです。とくに1。

 

だから「わーい、今日はバナナケーキ焼くよ〜!」みたいなやる気に支えられたシングルタスクならよいのですが、ごはんとみそ汁とおかず×3品みたいなことになるともうダメです…。それでもごはんを先に炊いておくやらみそ汁先に仕込んでおくやら常備菜つくっておくやらしたりしてしのいでますが、ダメだね。まだまだです。

 

献立も1週間分考えておく、とか神業すぎてできなくて、生協とかで1週間分の材料がちゃんと賄える奥様ってすごいと思う。思うにレパートリーが少ないことも多大に影響しているし、あと自分と子どもに結構好き嫌いがあることも大きいです。どこから手をつけたらよいのやら、はぁ。

 

もちろん晩ご飯とかも作るの大変だけど、とくに困るのは朝ごはんです。朝ごはんって、どこまで作ればOKっていう基準があんまりない気がするんですよね。上は旅館の朝ごはん級のものから、下はトーストかじって走る!とかシリアルに牛乳で終わり!みたいなのとか色々すぎて、どのレベルのものを毎朝(!)作ればいいのかまったくわからない。(うちは子どもがいるので朝食抜き!はなしね)

 

そんな朝ごはん迷子の私がであったのがこの本


Amazon.co.jp: TODAY'S BREAKFAST―シンプルで美しい、ワンプレートの朝ごはん日記。: 山崎 佳: 本

 

いやわかってますよ、こんな素敵な朝ごはんは作れませんよ。でもなんかちょっとでも参考になるかなって!思って!もちろんこんなにおしゃれなのはできてませんよ。あと、こういうサラダ系のメニューやオープンサンドはちょっと子ども向けでないしね…という言い訳ね言い訳。

 

ぜーんぶ美味しそうなんだけど、とくにこの本のパンケーキのレシピがすっごくいいのです。シンプルで美味しいし簡単に作れる。私は一昨年ぐらいからのパンケーキブームにもれなく乗っかって(当時時間もあったので)結構いろんなレシピを試したのですが、泡立て器使うような手の込んだものは朝の洗い物が増えるので無理とか、あんまりふわふわすぎずもっちりすぎずがいいとか、色々やってみて、このパンケーキが一番作りやすくて美味しくてイイ!となりました。朝にうわあパンもごはんもない!ってなったときによく作ってます。材料もミニマムでよい!全部食べなくても冷凍しておくとちょっとしたおやつになったりして応用も利くところもよい!

 

めでたくパンケーキに果物に緑のスムージーにあればスープ、というのが朝食の1パターンとして定着いたしました。

 

ああ、ごはん作るのうまくなりたいよ…

Let it goからこぼれ落ちた歌詞 (アナと雪の女王/ネタバレ注意)

ここのところかの太(8歳)がLet it goのyoutubeを見たがって、何度も再生しています。かの太は日本語吹き替えで見たので松たか子さんの歌い上げるバージョンを聞いています。ディズニーが「一緒にうたおうバージョン」を出しているので、カラオケみたいに歌詞が出て子どもも一緒に歌えて楽しいです。

 

で、私は字幕で見たのでオリジナルの歌で見たんですけど、なんか、日本語バージョンの歌詞って大事なとこぬけてないか?と気になり始めた訳です。イントロのあたりはそれほどかけ離れてないものの盛り上がりがはじまるあたりから、ん?足りなくない?となるわけです。まずはこのあたり。

(歌詞)

戸惑い傷つき
誰にも打ち明けずに
悩んでたそれももう
やめよう

Don't let them in,
don't let them see
Be the good girl you always have to be
Conceal, don't feel,
don't let them know
Well now they know

 

日本語の方だとエルサはなんだか一人でくよくよ悩んでたんだけど、もうやめよう!みたいになってますけど、英語だと完全に誰かからの期待や抑圧をうけていたことが顕著です。人を信じず、人から能力を隠し、いつも”(ききわけの)いい(女の)子”でいなさい、などかなりな抑圧ぶり!これを続きのサビでぶちこわすわけです!

 

Let it go, let it go
Can't hold it back anymore

Let it go, let it go
Turn away and slam the door
I don't care
what they're going to say
Let the storm rage on.
The cold never bothered me anyway

 

”Let it go"でもう”(期待を裏切るという恐れや今までの抑圧を)手放す!我慢できない!他の人がなんと言おうとかまわない!”という流れな訳です。一方日本語は

 

ありのままの 姿見せるのよ
ありのままの 自分になるの
何も恐くない
風よ吹け
少しも寒くないわ

 

…なんか自己完結というか、くよくよしてたのも自分、でもそれを認めるありのままの自分、みたいな自分に終始してる感じがちょっと…なんでしょうね、オリジナルの今まで演じさせられてた自分をぶちこわしてたたき壊して周りがどうなろうと私は私の道を進むの!みたいな感じは消えちゃってるんですよね。

なんか往年の名曲キャンディキャンディ感ありますね。そばかすも鼻ぺちゃもきにしないけどちょっぴりさみしいけど笑ってキャンディ!みたいな。私はキャンディも嫌いじゃないですけれども、さすがに2014年に70年代からヒロインのかたちが進化してないのはまずくないか?

 

あとここも気になる。

冷たく大地を包み込み
高く舞い上がる思い描いて
花咲く氷の結晶のように
輝いていたい
もう決めたの

これってなんか非常に抽象的に逃げてますけど、内容的にはあんまり何も言っていない。輝いていたい、もう決めたの!ってなにを?”輝く”って便利だね…抽象的(中身ない…)(そういえばどっかの政府は女性が輝く社会をめざしてるんだっけね…おっと横道)

 

英語はこちら

My power flurries through the air into the ground
My soul is spiraling in frozen fractals all around
And one thought crystallizes like an icy blast
I'm never going back, the past is in the past

英語はMy power, My soulが主語でどんどん力がみなぎってきて、過去の自分と決別する非常に主体的な歌詞で、そこがいいのに…

 

そして、〆がこれですよ。

これでいいの
自分を好きになって
これでいいの
自分を信じて
光浴びながら
歩き出そう
少しも寒くないわ

 

これでいいの…いいのよ…って自分を慰めてるみたい。本当にそう思ってる?って聞きたくなるし、最後の少しも寒くないって言ってるのもなんか負け惜しみっぽい。例えるなら「♪もう恋なんてしないなんて、いわないよ絶対〜」的な負け惜しみ感。

 

それに対して英語は…

Let it go, let it go
And I'll rise like the break of dawn
Let it go, let it go
That perfect girl is gone
Here I stand
In the light of day
Let the storm rage on

The cold never bothered me anyway!

 

今までの(みんなにとって都合の良い)完璧は女の子はもういない!私は光の中自分の脚で立っている!嵐が吹き荒れたって寒さだって私にとってはもともとなんでもないんだし!というね…完全にみんなの期待を裏切ることに対する恐れや抑圧に対する勝利宣言です。

 

なんかいろいろこぼれ落ちちゃってるんですよ、日本語バージョン。もちろん訳やストーリーや語呂合わせの限界もあるだろうし、訳詩として素敵にまとまってると思います。よくこれだけまとめたなー、さすがプロって感じです。松たか子さんの歌い上げもすばらしいし、かの太もあれだけ夢中になるということはやはり魅力のある歌詞なんだと思います。Let it goを安易に英語でながさなかったのも偉いと思う。でも…でも!!!あの抑圧から解放されるエルサの気持ちをもっとギュンギュン感じる歌詞が欲しかった!と思うのは私だけでしょうか。

もしかしたら、オリジナルの歌詞だと日本の観客には鼻っ柱が強すぎる女性像だと思われてしまう!まずい!と、故意にやわらかくキャンディキャンディ的自己完結をさせた、っていうのは穿った見方ですかね。

 

Let it goは2013年のアカデミー歌曲賞を受賞しています。たまたま授賞式の放送を見かけたのですが、作曲されたのはご夫婦で、受賞されたときのコメントも作詞家らしいミュージカルの歌詞のようなとても素敵なものでした。その中で、この曲はふたりの娘への愛情にインスパイアされて書いたもので、恐れや恥(fear  and shame)から自由に生きて欲しいとコメントされていました。

アメリカの夫婦が自分たちの娘にこう生きて欲しいと願って書いた詩は、日本では受け入れられない価値観、ということなんでしょうか?この歌の本当のメッセージがいまエルサごっこをしている女の子たちにどこかで伝わることを願っています。

 

*翻訳の専門家ではまったくありませんので、かなりの超訳です。誤訳等あるかもしれませんが、細かいところは汲み取ってください。こりゃ全然違う!というものがあればご指摘ください。

 

*アカデミー歌曲賞授賞式


"Let It Go" from "Frozen" winning Best Original ...

肩書きのない自分になる準備

もうすぐ二度目の育休から復帰するので、4月から次男が保育園に通い始めました。いわゆる慣らし保育というやつで、保育園に行っているものの12時とか、15時とかに迎えに行かねばなりません。なので仕事は無理なので出産以来久々のひとりの時間を楽しんでいます。

 
そんな時間を利用してポツポツと育児を理由に不義理をしていた仕事で知りあった友人などに連絡をして、ランチをしたりしています。なかには気づいたら10年近く会ってなかった人もいて、色々お互いの近況をキャッチアップしたり。育児でほとんど家族、ママ友、子供以外と話さないのでほぼ私の社会復帰プログラムですね。
 
そういうお年頃なのか、なかには大きく人生の舵を切っている友人もいました。長く勤めた会社を辞めて独立した人や、あらためて畑違いの看護学校に行き始めた人、仕事を辞めて専業主婦になった人など様々ですが、そういう転身を聞くと久々の仕事復帰に超ビビっている自分がはげまされ、その人達の新しい日々の広がりを応援したくなります。
 
そのなかで仕事を辞めた友人が、挨拶するときに「肩書きがなくて、なんか居心地悪い」みたいなことを言っていたのが印象的でした。電話をかけても「山田です。」だけだとどこの山田さん?ってなっちゃうし、なんだか困ると。なるほどー、と思いました。
 
私は学校を卒業してから一応切れ目なく何処かの組織に所属して働いています。つまり「○○(会社名)のかのかのこです」という自己紹介な訳です。でももし今仕事を辞めたら「(空白)かのかのこです」です。誰ですかってかんじですよね、確かに。育休中はそんな感じでした。育児サークルとかでは「○○区のかのかのこです」とか住所をつけてましたね。
 
一時的とはいえ育児休暇で肩書きをなくして思い出したのは新入社員だったころの部長さんです。その部長はなんだか怪しい風貌で、部長連のなかでもちょっと異質な雰囲気を醸し出していた長髪のおじさんだったのですが、入社してしばらくして何かの拍子にアドバイスをくれました。「おまえ、挨拶するだろ、そのときみんな名刺みるだろ。その人、お前のその名刺の肩書きなしでお前と仕事してくれるか?一回仕事したら、(会社名)のお前じゃなくてお前自身と仕事したい、会社や肩書きなんて関係ないって言う関係を作らないとやってる意味ないんだよ、わかるか?」
 
そのときは、そんなの無理だよこの新人のぺーぺーにさ…って思いましたけど、頭の片隅には残っていて、ずっと仕事をしてきた上での基礎になっています。その後会社名はいろいろ変わったけれど、どの職場でもああこの人は次回名指してで私と仕事をしてくれるかな、と考えて仕事してます。結婚してからも転職したので新しい名字に変えるチャンスもあったけれど、仕事名を旧姓のまま残している理由の一つでもあります。
 
育休中に名乗る名前としてはもうひとつ「かのかの太の母です」ですね。母というロールで自分の名前よりも肩書きだけを語るという。今はわりと「かのかの太の母のかのこです」のようにお母さんの名前をセットで語る場面が多いですけどね。
 
仕事でも母ロールでも、いつかはこの肩書きはなくなるんだ、そしてそうなったときにもわたしと仕事がしたいと思ってくれる、友達としてつきあってくれる、そういう関係が増えていくといいなと思っています。
 
この部長さんは他にもうひとついいアドバイスをくれたのですが、それはまた今度。
 
 

PTAの恐怖!…を和らげる

4月の季節柄結構あちこちから聞こえてくるPTAの話。こちらの記事でも効率の悪さや制度疲労など色々な問題がとりあげられています。こういうのを見て新入学のお子さんを持つ保護者はドキドキしながら4月の保護者会を迎えたのではないでしょうか?

 

<PTA>役員決めは罰ゲーム? やらない人はトイレ掃除も(毎日新聞) - Y!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140421-00000045-mai-soci

PTA役員選出で「壮絶な争い」 仕事内容に疑問の声も http://huff.to/1jzxTj1 @HuffPostJapanさんから

 

ちなみに先に書きますが、この記事は上記のような壮絶なエピソード満載のPTA怪談ではございません。なのでPTAの恐怖!みたいなものを期待されてる方はそっ閉じ推奨です(←言ってみたかったw)話に聞くPTAの恐ろしさに怯える保護者のために、そんなに悪いもんでもないよ〜という話です。
 
1)PTAがどこでも恐ろしい訳ではない
そもそもPTAの話をするときに前提としなければ行けないのはすべての地域/学校で運営方法や状況が全く異なっている、ということです。だから、ネット上にどんなに恐ろしいPTAネタが落ちていても、イコール自分の子の通う学校で同じことが起きるとは限らないのです。確かに役員決めの会場はちょっとした緊張感が漂っていますしみんなドキドキしていますが、長年同じことをやっている訳ですから選挙の方法も納得しやすい工夫がされていることも多いです。あと、PTAに抵抗がない人というのもどこにでもいるのですんなり決まることもあります。そういうときにはやってくれると言った方には感謝の気持ちをおくりましょう。
 
2)やると得することもある
時々役員経験者の方がつぶやいてらっしゃいますが、やってみるといいこともあります。保護者のつながりができたり、学校の運営方法がよくわかったり。そんなもん知りたくないし関わりたくない!という人もいるかもしれません。でもPTAは親同士だけでなく教師とのつながりもできますし、子どもがなにか問題を起こしたり起こされたりというときに、学校の中に人的ネットワークがあればこじれにくく解決もしやすいです。
 
3)PTA仕事の内容が非効率なのはある程度しょうがないが、高いクオリティも求められない
PTAと言えば非効率の権化!みたいな風潮ですが、それは…多分真実です。だって効率よくまわすためにある組織じゃないですから。非効率の内容をは大まかにふたつに分かれます。
a) やらなくてもよいと思える仕事がある
b) 仕事のやり方が非効率
a)の方は上記の記事にもありましたが一部の学校では広報誌をなくしたりして無駄と思えるものを省いているそうです。そういうことは継続的に検証していくべきだと思いますが、検証して減らしたいという気持ちがあるなら自分が役員になってそういう活動をすればいいし、自分が無駄と思っていても必要としている人がいる可能性もあるのがPTAです。検証して無駄ならさっさとなくしましょう。文句があるなら自分で変えなきゃです。検証とか面倒というひとはあるものを粛々とやるしかないです。しょうがない。
b) の方はこの時代にアナログ作業が多い!ということから、連絡手段一つとってもメーリングリストだと必ずなぜか受信できない人がいる、携帯メールしか持ってないとか、もっというとPC持ってないとか、起こりえるのがPTAです。でもだからといってエクセルでマクロ組んでモデル作りました(そんな作業がPTAに必要かどうかは別w)みたいなこれで毎年使えるよ!みたいなものをIT駆使して作っても、翌年の人が使えるかどうかは謎。そうするとある程度汎用性の高いフォーマットで残すしかないのですね。あと、話し合いが長くて時間が無駄というのもありますが、会社と違って「利益を最大にする」という目的のもとにみんなが動いている訳ではなくて、話し合いでみんなの意識をするあわせることが目的の係とかもある訳です。これもしょうがない。
 
なんだよ結局我慢かよ、とお思いかもしれませんが、そのかわりそれほど高いクオリティも求められることは少ないです。できる人とできない人がいる、というのがPTA。だから高いクオリティを目指さなくてもいいし、ここまでしかできませんごめんなさい、が言えるのがPTAです。(もちろん、できますって言った後にできませんの後出しはなし)
 
4)それでもPTAやりたくない人には…
PTAへの参加は義務ではなく自由ですから!!といってPTAそのものに入会しないという手もありますが、そんなハートの強い人は多分ここまで読んでないと思います。考えてみれば自分はともかく子どもはPTA主催のお祭りイベントに参加したり旗ふりのお母さんが通学路見守ってくれてたりとなんだかんだにお世話になってる訳です。
でも、面倒はごめんだよ…というひとは…大丈夫です。だいたいどこの学校にも抜け道的な役員や係があります。役はつくけど負担は少ない、的な。そういうのをあらかじめ先輩ママとかに聞いて、積極的にそれを射止めにいきましょう。例えば学級委員などめんどくさそうな役の代表ですが、意外にやることは保護者会でのお茶配りと保護者の交流会(という名の飲み会)を開くだけ、という学校もあります。この辺りは1)のとおり各PTAで千差万別なので、個別に探すしかないです。グッドラック。
 
結論は、まあなんとかなるさ!ということです(ものすごく普通でごめんなさい)これから保護者になる方達のPTAの恐怖が少しでも和らいだならいいなと思います。 というわけで、皆さんの保護者ライフが楽しいものになりますように!