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パイナップル通信

毎日元気にのびのびと、時々立ち止まって考えるメモ

もう好きにさせてくれよ、見た目くらい

はー、四月に転職してから全然ネットで遊ぶ暇もないです。わかっていた事だし仕方ないんだけど。あと四月からかの次は弁当とおやつが必要になったので朝1時間半ぐらい幼稚園児の弁当、幼稚園児のおやつ、小学生の塾弁、子供達の朝ごはん、子供達の夜ご飯の仕込みをしてます。これ振り返ったら自分を褒める事になると思うので、そのためだけにやってますw

 

さて、私は40絡みのおばさんなわけですが、2年前に次男の時の育休から復帰した時にメイクするのやめたんです。今は日焼け止めだけしてる。あと、1年ぐらい前からヒール履くのもやめました。完全にスニーカー生活です。快適。

 

メイクやめたっていうと結構「ヒッ…!マジで!」って感じで引かれること多いです。パターンとしてはA「なにこのひと変なひと!」B「女として終わってるな」みたいな感じ。

 

Aのひとは多分外に出る時メイクしないのは社会人として失礼、みたいな感じでしょうかね。なんだろう、いつから仕事するときにはメイクしてないと失礼、みたいなのになったんですかね。持って生まれた顔で仕事をして何が失礼なのだ。むしろ濃すぎるメイクとか目尻からはみ出るアイラインとかりゅうちぇるみたいなチークとかの方がそっちが気になって仕事にならんのでは、と思うよ。美人がウリの商売をしている人以外は正直メイクできれいに整ったされた顔よりも誠実な対応やよいレスポンス、朗らかな人柄とかの方がよほど信頼に結びつくと思うわけですよ。私の仕事内容を考えてもメイクしてる私とメイクしてない私では提供価値に変化なし、と思ったのですっぱりやめました。

 

Bの人はね、男性の場合は「うん、お互い男女関係にはならないから余計なお世話❤️」で終わり。女性の場合はね、なんでそんなに女でいることにこだわってるのか聞きたい。そもそも私はメイクしててもしてなくても女ですから。その女ってね、よく「オンナ」って書かれる方のやつだと思うんだけどね、男から性的対象と見られなくなったら終わり、みたいな価値観から生えてきてると思うわけですよ。なんでそんなに性的価値を重視するんだろう。好きな人にならともかく、別にその他の世の中の人がどう思おうとあんまり関係なくね?と思ってしまう。

 

メイクしたい人はガンガンしてもいいし、しなくてもいい人はしなくていいと思う。それを他人にとやかく言われる筋合い全然なくて、みんな好きにすればいいじゃんと思う。仕事するのに最低限清潔にするとかさ、そういうのでいいじゃん。あと、職業上こう見られたいっていうこと(信用されたい、頼りにされたい、誠実だと思われたい)とかの方が重要じゃん。もちろんメイクが上手と思われたければ上手なメイクして仕事すればいいじゃん。

 

だからさ、メイクしないと失礼とかさ、メイクしないと女じゃないとかさ、変な価値観を人にぶつけるのやめようよ。ほんと、もう好きにさせてくれよ見た目ぐらい。

だから自分で自分を癒すしかない

今日twitterで流れてきたこの記事、すごーーく腹落ちしたので書いておく。自分の中ではクルッとストーリーになったのですが、うまく文章には書けないかも。でも書いておく。

なぜ日本の男は苦しいのか? 女性装の東大教授が明かす、この国の「病理の正体」 http://bit.ly/1lTuqTn

 

みんな大人になってもいろいろ抱えてて、親とうまく行ったり行かなかったり、いろんなプレッシャーを受けてたことに初めて気づいたり、親から有形無形に教えられたことを疑問に思ったり。なんでこんなにみんな多かれ少なかれ親との問題を抱えるんだろうって常々謎だったんですよね。でも、最近なんとなくああこれって世間からのプレッシャーをそれぞれが強く抱えていて、課された役割を果たさなければとストレスを抱えた結果、家庭内でより立場の弱い子どもになんらかの圧力がかかっていたのだな、と常々思っていたのです。この記事を読んだときああ歴史的背景とともに証明されている、と感じました。

 

特に、母親世代は人生で辿るべきコースみたいなのがものすごい圧力でかけられていたわけで、一定の年齢になったら結婚しないと行き遅れと謗られ、好きだった仕事も辞めて家庭に入るべきと会社を勝手に寿とかつけられて退社させられ、子どもを産んで初めて一人前とされ、良き妻として夫を支え、良き母として家庭内労働を一手に引き受け、夫の出世と子どもの成長や学歴が自分の成功メジャメントとなり、そりゃ人として壊れるし、子どもにストレスをダダ流ししてしまいそうだな、と思ってしまう。個人的に自分の母親には言いたいこともあるけれど、時代がそうさせていたところは否めないのだな、と。記事は男性の受けてきたプレッシャーにフォーカスされていましたが、結局は同じ、男は家庭を顧みず仕事で立身出世すべし、女はそれを後ろから支え家庭運営を一手に引き受け円滑に回すべきというシングルモデルにみんなが合わせないといけなかった、ということなんだと思います。

 

でもこれに気づいた時、なんだかホッとしたのです。なんというか、自分の中に溜まっていたいろいろなグズグズが、ちょっとすっきりしたというか。自分の母が、私が子どもの頃私を取り巻いていた大人たちが、それぞれ私にプレッシャーをかけてきたのは時代のせいなんだな、私のことが憎かったり私が悪かったからではないんだなと思えたら、なんだかちょっと癒された気がしました。

 

時代のせい、その時の”世間の常識”がこれほどたくさんの人たちの人生に影響を与えていたことを思うと、その影響力に背筋が寒くなるし、もっと怖いのは、いまの時代の”世間の常識”に従って自分も親世代とはまた違った形で子供達になんらかのプレッシャーを与えているのではないか、ということです。だってそうでしょ、大多数の親たちはそれが正しい、子供のため、良かれと思ってやってきたと思うから。そうならないためにどうしたらいいか、ということを考えたわけですよ。私も人間だし知らずに子供を傷つけているだろうし、それはもう避けられないのだとしたら、せめて、自分で自分を癒せることにはやく気づいて欲しい。最後は自分で自分を癒すしかないよね、と。

 

子供の時から傷ついてきたこと、人から言われたこと、自分ではどうしようもないことに関して、自分が悪いからそういう目にあったわけではない、たまたま時代が人をそうさせたり、相手がわけのわからんストレスからあたってきていたりしていることであって、その原因は自分にない。もしかしてひょっとして多少原因があったとしても、それは自分自身のありようなのでしょうがないですね、と思えると、じゃあ、ありのままで生きてみようかなっていう気にもなりそうじゃないですか。

 

なんとかこの自己修復作業というか、自分癒しプロセスがうまくできるように、ということを子供に伝えていきたいなーと思っています。難しいけど。具体的にどうやって伝えたらいいか全くわからないけど。

 

記事には、「ありのままの自分で生きることが息苦しさを抜け出す一歩」とあります。自分でないものになろうとすることがストレスとなり周りに対して攻撃したり虐待したりする原因となる、と。ありのままの自分で生きるのは結構勇気もいるし、なかなか大変なことだとも思うのですが、自分で自分を癒していければ、顔を上げて前を向いて自分らしく生きていける力になる、と思った次第なのですよ。

 

ああ、ちょっと、夜中のラブレターみたいに明日の朝になったら後悔するかもレベルのグズグズ感溢れる話ですが、まあいいや。そういうときもある。

嫁ブロックの違和感

今年は新年から色々慌ただしいですね。ベッキーSMAPと芸能ニュースが話題ですが、その中で気になったのが「嫁ブロック」という言葉。昨年末ぐらいからポツポツ耳にしていたのですが、事務所から独立しないとキムタク氏が決めた理由が工藤静香氏の嫁ブロックだったとかそうじゃないとか、の流れでまた何度が目にしました。真相は誰にもわからないし、そもそもあのSMAP会見までのやり取りや流れはご本人たちにしかわからないと思うんですけどね。ちなみに全然関係ないけど私はSMAPが解散したいならすればいいと思うし、ベッキーをそんなにたたく必要ないのでは派(そんなのあるのかw)です。

本題に戻って「嫁ブロック」ですが、新しい言葉ではっきりとした定義はないと思いますが、私の理解では「夫が転職など仕事上のチャレンジをしようとした時に、いままでの生活を手放したくない妻が転職等に反対し、やめさせる」といった感じです。例えば一部上場企業お勤めの夫が突然ベンチャーに転職したいとか独立したい起業したいとか言い出したところに、だって家のローンもあるし子供も小さいし収入が減ったら困るわ!という妻が反対する、と。

さて、超個人的見解ですが、ここからそこはかとなく感じるのは下記の雰囲気。
1) カミさんの反対ぐらいで仕事の挑戦を諦めるなんて男としてダセーな!という批判
2) 世間のことを知らない妻が目先の収入減を避けたい、または一部上場企業に勤める夫の妻の地位にしがみついていて、夫のより大きな挑戦をサポートしないなんて浅はか!的批判

あ、書いてて思ったけど嫁ブロックって夫婦両方に対する批判ワードなのね…で、思うんですけど、違和感その1、これ割と日本独特かもって思ったんですね。なぜなら、割と海外では頻繁に起きてるんですよ、嫁ブロック。そしてそれが割とサラッと受け入れられてる、少なくとも私から見える範囲では。例えばどこどこの国へ転勤してくれまいか、という打診があった際に現地へ妻を連れて行って、住む所や環境を見て妻が反対するので断る(実際は家族の理解が得られなかったって言うけど)とか、一度家族連れてきたけどここでは妻が働けないから帰るとか、結構普通にある。そういう時彼はファミリーパーソンだから、という感じで批判感はない。夫に対しても妻に対しても「(会社での昇進の機会よりも家族のほうが大事なのは)彼らの価値観だから」というあっさりとしたものです。

もう1つこの「嫁ブロック」に対する違和感、それは誰も「夫ブロック」って言わないこと。みんな夫の転勤の都合や、子供が生まれても夫は忙しくて面倒見れないので妻が仕事辞めて家庭に入る、みたいなの、夫の都合で妻が挑戦を諦めるみたいなの、つまり夫と妻の逆バージョンは「夫ブロック」って言われない。世の中的には「嫁ブロック」よりも「夫ブロック」のほうがはびこっているにもかかわらず!なぜなのだ!

夫ブロックだろうが嫁ブロックだろうが、夫婦が話し合って決めるのがいいし、流動的に色々話し合って都度変えるのがいいし、部外者が「嫁/夫ブロック」とか揶揄すんの、暇としか言いようがない。

暇だからベッキーSMAPが話題なんだと思うけど。


子供の習い事

ご無沙汰してますー。右足首捻挫→首寝違い→左足甲捻挫を一ヶ月間にやっちゃいました。怪我ばかりしててひっさしぶりの更新です。さて、子供の習い事について。

 
今朝からなんとなく子供の習い事についてのツイートをよく見かけたのはこの記事のせいでしょうかね。
うちでは習い事に関して3つ決めてることがあります。
1)子供がやりたくないものはやらせない。やりたいかどうか必ずお試ししてからやる
2)その習い事から得たい成果を決めて達成したらやめることを考える。でもやりたければ続けてもOK
3)でも子供にも親にも負担が大きすぎるものはやめる
 
ここに至ったには色々苦い経験もありますのでまとめてみました。
 
1)子供がやりたくないものはやらせない。やりたいかどうか必ずお試ししてからやる
当たり前な感じでしょ?でも意外と親がやらせたい習い事に子供が小さいうちから入れちゃってる人結構います。これはうちの子供というよりは私自身の習い事経験から。いつから始めたか記憶のない頃からやってて、でもキライでキライで仕方ない習い事がありました。でも親がやらせたいからやめさせてもらえなかった。当然練習しないので上手くならないし、先生にも褒められないし、グダグダずるずるした挙句やめました。結構長いことやっていましたが、結局ものにはならず、いまや全くできません。お金も時間も本当にムダ。
親がこれをやらせたい!って思った時はなんでやらせたいんだろうって考えたほうがいいですよ。深く深く考えてみると、自分が昔やりたかったけどやらせてもらえなかったみたいなことなら子供じゃなくて自分がやったらどうですか。また、男の子/女の子なんだからこれぐらいやっとくべき(サッカー/ピアノ/バレエなど)、みたいな理由だった場合はやめたほうが良いです。本人に興味がないと練習しない→せっかく習ってるんだから練習しろと叱る→ますますキライになる、の悪循環におちいります。
 
2)その習い事から得たい成果を決めて達成したらやめることを考える。でもやりたければ続けてもOK
さて、子供が新しい習い事を始めてしばらくしたら、達成したい目標を一緒に決めます。これを達成したらやめてもいいかな、って思えるくらいの目標です。 xxができるようになったらとか、xx級に合格したら、とかあらかじめ決めておくと後でもめにくいです。はりきって始めた習い事でもやはりスランプはやってくるし、移ろいやすい子供心、ちょっと面倒になってやめたい、とか言い出すのが普通です。その場合、約束した目標まで達成したらやめてもいいよ、というとじゃあもうちょっとやるか、となります。いつかはやめられると思うとちょっと気が楽になりますよね。
 
うちの場合、全然昇級しなくてイヤになりやめたいと言ってきた水泳で、約束通り4泳法マスターしたらすぐにでもやめていいよ!と言ったところじゃあもうちょっとだけ頑張ってみる…と続け、ついにマスターした時にやめていいよーと言ったら面白くなってきたからもうちょっとやりたい!となったことがありました。
自分がやりたいと言い出した習い事をあまりに簡単に放り出すのを黙って見てるのは親として難しいですよね。そのためにもやめたけどこれを得たよね、という目標を無理のない範囲で決めておくのがオススメです。
 
3)でも子供にも親にも負担が大きくなりすぎたらやめる
ものにもよりますが習い事って親の負担が大きいです。お月謝、送り迎え、時間の拘束、試合、発表会などなど…あまりに負担が増えてくると、子供に対してもそれなりの見返りを求めたり(上達しないとイラつくとか)努力を強要したり(厳しく練習させちゃうとか)しがちになります。そして、子供は強要が大キライー。わかっちゃいるけど怒っちゃうー、という結果になりがち。
 
一方、子供の負担も結構あります。たとえ好きで始めた習い事でも、上達しない、試合に出られない/出ても負ける、遊ぶ時間がなくなるなどなど…ある一定量は鍛錬として励ますべきでしょうが、親として冷静にこの負担から得るものと失うもののどちらが大きいかな、と時々考えたほうがいいと思います。
 
これは私の手痛い失敗談です。長男が学校のサッカークラブに入りたいと言ってきたので、体験後入団しました。1年半程遅れて入団したのですが、学校のチームということもありすぐにチームになじんだようでした。
しかし、半年後ぐらいから練習に行くのを渋りだしました。理由は練習の時間が長く疲れる、休日に遊ぶこともできない、コーチが怖い、といったようなことだったと思います。もちろん、こちらとしては半年でやめるとかないでしょ、もうちょっと頑張ったらと励まします。でもその裏側にはせっかく入ったのだから、学校のチームだし簡単に抜けたりすると申し訳ない、高いユニフォームもわざわざ買ったんだし、と子供本位ではない理由も色々あったとおもいます。
遅れて入ったせいなのか、息子は特に上手いわけでもなく、試合に出ることはほとんどありません。同級生が活躍する試合をぼんやり見ている、つまらなくなって友達とふざけているとコーチに叱られるの繰り返し。試合のたびにやれ弁当だおやつだと準備をして、見学だけして帰ってくるのがとても歯がゆく思えました。かと言って悔しいから人よりたくさん練習するわけでもない。だんだんサッカーの話は家庭内ではしなくなりました。
それに加えて学校のクラブはボランティア運営。当然練習ごとに保護者がサポートとして立つお当番が一ヶ月半に1回程回ってきます。それはもちろん親の役目ですが、寒い/暑いなかグランドの隅に3時間ずっといるのは本当に苦痛でした。また、試合のたびに引率やらなんやらと駆り出されるのもしんどかった。しかも子供が活躍するどころか出場もしない試合なわけです。子供がちょっとふざけていたりすると本当に腹が立ちました。
 
そうこうしてるうちに、子供が本格的に練習に行きたがらなくなりました。理由を聞くと、遅く入ったからみんなのできることができない、コーチにわからないと言っても練習が足りないからだと言われて怒られる、自分は同級生のなかでもビリから数えた方が早い程度の実力で上手くもならないからもう嫌だ、本当に行きたくない…ここまで聞いてもっと早く辞めさせるべきだったと後悔しました。
学校のクラブであるがゆえにサッカーでの自信の喪失は彼の学校生活にも影響していたでしょう。練習に行かないことがあるとサボりだろうと揶揄されたりしたこともあったようです。また、ボランティア運営のため、サッカー経験者でないお父さんがコーチとしてきているケースがほとんど。スポーツ経験者の体育会のノリは小学校低学年にはまだきつかったようでした。
我が家のような場合は多少お金がかかっても、(お客さんとして)技術を教えてくれたり子供の気分を盛り上げたりしてくれる営利のスクールの方が本人が無駄に劣等感を抱くこともなかったし、私の負担も少なくて上手くいっただろうな、というのが後で思ったことですがすでにあとの祭り。子供心にサッカーに対する苦手意識がしっかり植え付けられ、サッカー自体がキライになってしまいました。いまやサッカーは国民的に人気なスポーツ、無駄な苦手意識のために後々嫌な思いをするかもしれないな…と親として後悔しきりです。
 
長くなりましたー。習い事との距離感、難しいところです。うちは親が習い事に熱血になるとろくなことねえな…というスタンスなので上記のような感じですが、こんなぬるいなかからは錦織くんや羽生くんやイチローや卓球の愛ちゃんのような人は出てこないでしょうね。好きと才能が合致する瞬間を見逃さず、それを捉えて厳しく暖かく育てる、それでオリンピックレベルに育てば素晴らしいです。でもその裏に消えていった人もたくさんいるかと思うと、どこまで何を犠牲にするかをいつもいつも考えながら時に失敗しつつ見守るしかないのかなーと思います。修行修行。
 

もう家庭内で”稼いでる方が偉い”っていうのやめようぜ

今日アップされた中野さんの記事(下にリンク載せますね)の流れに触れたコメントでてましたね。その中でちらりと見かけたツイートで「育児の方が仕事より大変って決めつけんなや!」的なものを見かけたんですね。この方男性で、かなり家事も育児もやっていらっしゃる様子でした。そんな人に”どーせやってるつもりで大したことやってないんでしょ”的なリプした人がいて、そのリプに対してかなりご立腹でいらっしゃるようでした。

 

そりゃそうですよね、わかります。男性はどんなに家庭内のことを(ひょっとしたら妻よりも)やっていたとしても、”大したことない”っていうバイアスがかかりがちだし、世の中の一般的な男性がそんなにやっていないことをやっているのに、全然知らない人からそんなこと言われると腹たちますよね。

 

でもね、それって「そんなに育児してる方がえらいなら、俺やるからお前稼いで来いよ、家計担ってけよ、俺主婦してパートでもするよ、って言ったらどーせできやしねえんだろ?」っていうのは違うと思うんですよね。

 

それってつまり”女は男と同じように(またはよりたくさん)稼げるわけない”っていうのをベースに考えてるわけでしょ。それって”男が女と同じように(またはよりたくさん)育児をやっているわけない”っていうのと同じじゃんと思うわけです。

 

どれぐらい育児をするか、どれくらい外の仕事をするかは本当に各家庭それぞれだし、元々の中野さんの記事にもあったように、家庭内の役割分担が社会での役割分担に大きく影響されているし(夫が残業して稼いだ方が家庭としての収入を最大化できる)、女の人の方が全く同じ条件でも社会的にハンデを負っている(採用/与えられる機会/昇進の差)わけで、女も好きで稼げないわけじゃないんですよ。もちろん世の中には女性の方が稼いでる家庭もたくさんあると思いますよ。でもそれが表面にあまり出てこないのは”夫を気遣って”であったりしていて、男性も”働け稼げ大黒柱だろ!”プレッシャーを受けていることの裏返しなわけじゃないですか。

 

だからね、もう家庭内で”稼いでる方がえらい”っていうのやめようぜって思うわけです。夫が今の年収稼げてるのは妻が育児やらを(ひょっとしたら泣く泣く仕事をあきらめて)多めに負担しているからかもしれないし、夫がその仕事でその額稼げるのは社会的に”男だから”かもしれないし、逆に妻の方が稼げているのなら、それは夫がよその夫よりも家事育児を支えてくれているからかもしれないし。100家庭あれば200通り(妻と夫の)の働き方と100の家庭運営があるわけだし、それぞれ納得してても納得してなくても家庭内でお互い歩み寄っていくしかないし、二人しかいない夫婦で”夫が/妻がより稼いでいるからお前より偉い!”っていうの意味ないっしょ。

 

だからもう一回いうけどもう家庭内で”稼いでる方が偉い”っていうのやめようぜ、だせえから。

 

dual.nikkei.co.jp

育休明けのみんなたちにひとりごと

4月1日ですね。かの次も無事保育園2年目を迎えました。1年間山あり谷ありしながらやっとこさ乗り越えてきたのでこの1年はより楽に乗り切れることを祈ってます…

 

さて、4月ですから育休復帰される方も多いとおもいます。自分の2回の復帰の経験を経て思ったことをつらつら書いておきます。

 

1)あせらない

すでにお子さんを生んでしばらくたっているので子供がいかにままならない存在かということを実感されていると思います。子供につきあう時間と社会で働く時間の相性は非常に悪いです。例えば時間に遅れるとかは社会人の基礎としてどうよという感じですが、子供は必ず着替えを嫌がるし、ご飯をずっと食べているし、出がけに大とか小とか襲ってくるし全然思うようになりません。なので社会のペースに合わせられなくても元々かなり無理なことに取り組んでいるのでできなくてもしょうがない、と自分を諌めましょう。

 

以前の業務に復帰しても以前のように働けないことも多いです。まずは時間の制約。お迎えの時間に間に合うために5時に会社を出ないといけないとしたら4:58ぐらいに必ず電話がなり、捕まります。またはパソコンを閉じようとしたその時にメールで急ぎっぽい依頼が舞い込みます。そういうものです。うっっっ、と思うかもしれませんが私のオススメは聞かなかったことにして電話をスルーし、メールを見なかったことにしてパソコンを閉じましょう。その一件に答えていることでその日の夜がぜんぶおじゃんになる可能性を秘めているからです。天下分け目の戦いです。でも、以前のように働けない自分を責めたらダメです。以前の自分と比較しているのは他人ではなく自分です。自分で自分を追い詰める行為はぜんぶ積極的にやめていきましょう。

 

2)でもあきらめない

少し慣れてくるともっとあんな仕事がしたい、こんなことにも挑戦したい、と思い始めますが、それはいいことです。でもいきなり仕事を増やしたりするのは後で自分にかなりの負荷がかかります。大事なのは「こりゃ無理だ!」と思った時に撤退する勇気です。挑戦と撤退をフレキシブルに繰り返し、自分の限界を眺めつつもできることを増やすという気持ちでやりましょう。限界には挑戦しないと自分が伸びないのですが、挑戦しすぎると自分も家庭も破綻します。注意。破綻のキワまでいったわたくしからの心からのメッセージです…

 

大事なことは完全撤退しないことです。つまり仕事をやめたりすると、今の日本の社会ではかなりの確率で復帰が難しくなります。薄くても、ゆるくても、周りの人と比べて全然できていないと思っても、そこに居続けることが大事です。

 

ついでに言っておきますけど、働くお母さんが一人でも市場の中にいることで次の世代の働く女性への道がつながります。だから、いるだけでいいんです。働き続けることが大事で、それだけで価値があります。あなたを見て辞めることをやめる後輩もいるかもしれないし、働く母がいるから入社してくる人だっているかもしれないのです。だから直接的に今いる所に貢献できてなくても長期的には貢献しているのです。そのこと時々思い出して奮起しましょう。

 

3)いろいろ疑ってみる

せっかく新しい生活を手に入れたのでいろいろ疑ってみましょう。たとえば仕事であれば本当に残業しなければ成果は出ないのか。もっと効率よく働く方法があるのではないか。この業務や手続きはいらないんじゃないか。身近な先輩や直属の上司は今までのやり方を変えることを嫌がるかもしれませんが、虎視眈々とアイディアをシェアする機会を練りましょう。絶対どこかで役に立ちます。

 

より疑いを持った方がいいのは自分自身の価値観、くせ、コミュニケーション方法などです。たとえば、自分がやっていることの一部を他の人にやってもらえないか(夫、外注、機械などなど)、本当に一部の業務が必要か、など疑ってみましょう。自分の習慣を変えられない理由は主に二つあり、一つは自分の中にある価値観(ご飯はすべて手作りすべきではないか、周りから手抜き思われているのではないか、きちんとしたお母さんだと思われたい、など)と、あまりに無意識にくせになっていて気づかない(夕飯の買い出しはその日にする、洗濯は夜はしない、掃除機は毎日かけるべき、など)です。これらを徹底的に疑いましょう。色々と楽になったり、気づかなかった世間の仕組みや自分の思い込みに気づいたり、発見があります。

 

コミュニケーション方法についてはよく「ほめておだてて夫を育てる」とかありますが、個人的にはいい大人を育てるとか気持ち悪くてあまり好きではないです。ただ、同じことでも言い方で相手の反応がかなり変わるというのは本当だと思います。生活の変化やそれにともなう負担が大きいときだからこそ、今までと違った方法で伝えてみるのは良いかもしれません。ちなみに我が家で一番効くのは手紙です。限界になると紙にしたためて置いておきます。内容について何か言われることはほとんどないですが、夫の態度はガラリと変わります。でも伝家の宝刀で滅多に使わないので、手紙が出ると相当やばいということが伝わるからかもしれません。

 

つらつらあんまりまとまりがない上に読み返してみると自分に言ってる気もしてきましたが、どこかで頑張っている誰かの役にちょっとでも立てればいいなあとおもってます。ではまた〜。

 

かぞくのかたち

今日は(今日も?)あまり考察とかオチとかのない話。

 
私は母とまあまあ確執があったのですが、その確執も一概に否定できるものではなくて、長年落とし所に悩んできました。細かいことは書かないけれど、優秀な子供に育てたい!自慢の娘にしたい!という動機のもと、色々な事を私にやらせたり逆に禁止したり、私は私でそれにバキバキ反抗したりとなかなかカラフルだったと自分では思ってきました。でも、そのおかげで色々と自分で考えたり、独立心が旺盛になったりしたので大分オトナになってからは結果オーライかなと受け止められたり、いやいやあの時あんなに悲しかった、親だからって「あなたのため」という動機のもと何してもいいわけないだろ、と思い返したりいったりきたりしていたし、なんなら今もしているわけです。
 
私の周りのお友達たちは割とお母さんと仲の良い子が多く、また世の中的にも母娘か姉妹のように仲良し、みたいなのが取り上げられたりして、その事実は私にさらに孤独感というか、なんでうちの母はあんなに普通じゃないのか、ということを感じさせられたものでした。気軽に友人のことや恋の相談などをお母さんにしているなんていうことを聞くと、うちの母は母ではなく何か別のカテゴリの人なんじゃないかと思ったりもしていました。
 
でも、30代を迎える頃から仲良し母娘でも関係が変わってくる話を度々耳にし始めました。お母さんがはやく結婚しろとせっつく→娘怒るの繰り返しにより疎遠になったとか、娘の連れてきた結婚相手が気に入らずやめるよう説得、それに隠れて娘は付き合い続けたが親の反対のせいで彼との関係も悪化しメンタル病んだとか、30台後半になってめぐりあった結婚相手を紹介したら相手の勤めてる会社が気に入らないしそんな男と結婚するなら独身のままでいてほしいと言われた、とかとか。仲良し母娘も色々大変だなーと思い始めました。そういう意味では私は年貢をかなり早い段階で納めた、つまり母から早く独立して何も言わせないようにしたんだな…しんどいこともあったが良し悪しか…と思ったりもしました。
 
そして、最近さらに気づいたのですが、母娘仲良しの人たちと話していると意外に「お父さん苦手」「お父さんが家にいると寛げない」「お父さんが実家にいるときは帰りたくない」という人が多いのですよ。私は日夜母とのバトルに明け暮れていたため父との関係は割と良好なので、お父さんと関係がこじれるなどということはあまり思い至ったことがなかったのです。意外な発見でした。素敵なお母さんがいてそのお母さんと関係が良好なら家庭は円満に決まっているという思い込みをずっと持ってたんですね。浅慮!ちょっと考えればわかりそうなものなのに。
 
というわけで、みんな色々なかぞくのかたちがあり、なかなか苦労してるんだな、と最近思ったまでです。みんながみんな仲良し円満の家庭で育ってきたわけではないということがわかってくると、辛かった子供時代も私だけじゃないのねーと思えます。形は違えどみんな色々ある。そうなると、より自分の作る家庭は円満がいいなあ、そのために親としての努力を続けなければならんのう、でもそれを子供がどう思うかはわからないからレットイットビーと思った次第です。