パイナップル通信

毎日元気にのびのびと、時々立ち止まって考えるメモ

アナとエルサについて思うこと (ネタバレ注意)

アナと雪の女王みました。日本でも大ヒット、興行収入が111億を超え、海外アニメでは歴代1位らしいです。うちもかの太とかの夫、そして私もみましたが、子供も大好きですね。家で歌をYouTubeで検索してしょっちゅう聞いてます。主役が女の子でも男の子も十分楽しめてます。ただ、アナになったりエルサになったりしてごっこ遊びしてるかどうかは謎。やはりそのあたりは自分で違うと思ってるのかな。別にやってもいいのに。

家族で色々感想を言い合ううちにきづいたのですが、かの太とかの夫はアナが主役だと言うのですが、私はエルサとアナのダブル主役かな、と思ったのです。個人てにはエルサの方が気持ちがわかるというか、アナの能天気ぶりにちょっとイラっとするぐらいです。一方かの太は「エルサは暗いからいや」、かの夫は「エルサは自分ではなにもしないじゃん」「アナは明るくて少しおっちょこちょいで、ヒロインの王道だろ」だそうです。

Let it goの曲を聞いて心の奥からジーンとするのはやっぱり女性だからなんですかね。今まで色々負わされてきた社会的なロールからもう自由になりたい!という心の叫びをエルサはこの上なく美しく昇華させてくれて、もうあそこで映画終わってもいいと思うくらいです。

もちろんそういうわけにもいかなくて、おせっかいで面倒なところもあるけどかわいい妹に助けられて最終的 にはありのままの自分で世の中で再び生きていくわけですけど。

プリンセスが束縛から自力で自由になる、アナの彼氏は王子でなく一般人、最後を決める真実の愛も男女の恋愛じゃない、などこの映画は今までとは違うところもあります。でも、まあハッピーエンドだし、みんな仲良くなり、悪い奴は退治され、収まりいいといえばそうとも言える。でもこういう少し異色の予定調和が世の中に広く受けているのはすごく良い兆しだと思います。少なくとも王子様のキスで目覚めて嫁に行ってハッピーエンドよりはずっといい。女児に絶大な影響を与えるディズニープリンセスに、社会的なロールのために自分を犠牲にしてきた少女がそれを脱ぎ捨て自分の潜在能力を発揮するというロールモデルが現れたことは喜ばしいです。

ま、男子はアナが好きってとこが、まだちょっと引っかかるけどね…。うちの男衆だけかもしれないけど…女児はどうなんだろう。やっぱりアナが人気なのかなー。でも魔法が使えるのはエルサだから、ごっこ遊びでもなりきりエルサが増えるといいなーと思ってます。

文房具のこと

みなさんは文房具すきですか?私は好きです。文房具大好き芸人というカテゴリがあればすかさず入りたいくらいです(芸人じゃないけど)

伊東屋やロフトのような専門店に行くともしかしたらここに住めるのでは?!というくらいじっくり各コーナーをみて回り、いろいろ触っては試し、を繰り返してます。オフィス街に突如現れる個人経営の小さなお店も必ず入って色々眺め、これっていつからあるのかな…この先も売れることはあるのだろうか…ていうかこの店は儲かるのか?と考えるのもまた一興。店頭の一角でセールになっているワゴンを見たり、お店応援の気持ちで定番のペンを買ったりします。

文房具全般に好きですが、特に好きなのはノートとペンです。シールとかスタンプとかはそれほどでもありませんがノートとペンは行くたびに買いそうになるヤバイアイテムです。うちには買ってきたものの使ってないペンやノートが山ほどあります。ノートはサイズ別に数冊ずつストックがあるし、ペンも新しいもの、さらにその替え芯とストックが必ずあります。

ちなみにお値段の高い文房具にこだわってるわけではないのでウン万円の万年筆!とかではありません。ボールペンもいわゆる100円ものです。ここ数年のお気に入りはジェットストリームの0.5mmです。これが書きやすい。太さといいすべりといい私にはベストフィットです。100円なのにこんなに書きやすい三菱さんの技術力に脱帽です。昔アメリカにいたときに周りの人にボールペンを貸してあげると、なにこれ!書きやすい!とよくいわれました。アメリカのボールペンもアメリカンテイストな可愛らしさとかあるのですが、書きやすさは日本製の足元にも及びません。もっともアメリカ人にとっても書き味よりもペンのお尻をかじった具合の方が重要なんじゃないかと思うくらいガジガジになってる人が多いので、さすがの日本製も噛み味では負けるかもですが。

ノートは仕事ではここのところ会社支給のものを使ってました。量使うのとどこでも書けるように表紙が硬いものを使う必要があり、それを満たしてるのが支給品だったのです。書き味に関しては少し不満がありますが、なんだかんだ支給品で落ち着いてます。

ノートも同じようにこだわりを持ち始めるときりがないのですが、その最たるものがスケジュール帳。ノートのなかでも別格くらいの複雑さです。マンスリー、ウィークリー、デイリー、横書き、バーティカル、平綴じ、中綴じ、リング、サイズの違い、フォントの大きさ、罫線の入り方、色、ああもうきりがない!!毎年スケジュール帳のシーズンになると買いもしないのにずーっとずーっと色々な手帳を眺めて楽しんでます。

どんなノートにしてもペンにしても、新しいものを下ろすときのドキドキ感はたまらないです。もうこれは子供のころからです。新しいノートに気に入ったペンで名前を書くときのなんとも言えない高揚感!

…そして悲しいあるあるとしては使いかけで終わってないノートの量産です。あんなにときめいた出会いだったのに!あんなにドキドキしながらページをめくったのに!放置されてはや数年…むしろ変なこだわりのない会社支給のノートの方がちゃんと使い切ってたりして、むしろ一緒に仕事を乗り切った戦友感すら漂ってたり、思い出がいっぱいで捨てられなかったり。まるで憧れのイケメンとやっと付き合い出したのに、やっぱりずっとそばにいてくれた幼馴染がスキ!という王道少女漫画のような展開です。そして結局どっちを選ぶんだよ、的な展開!ケンカをやめて!ふたりを止めて!いや、違う違う。


そういうときに思うのは文房具に対してなんのこだわりもない人のことです。どんなペンでも気分は左右されず、どんなノートでも淡々と使い切る。ツールによって結果が左右されるのってなんか本末転倒な気がするし、本質はそこではない!書いたノートの紙よりも書かれた内容が重要!ノートは書かれてナンボ、ペンは使い切られてナンボ!使い捨て上等!そんなハードボイルドさにも憧れますし、いつかはそうなれたらな…と思ってます。

でも、文房具、楽しいしやめられないなー。
(今日は全部iPhoneから書いてみました。
やればできるなー。ていうか、文房具のエントリなのに文房具フリーで書いたという皮肉ですわ)


白い紙こわい症候群

昨日は割と長い文章を久々に書いて、書き終わって、ふぅぅぅ!ってなって時計見たらお迎えの時間ギリギリだったりして、ひゃあああ!ってなったので、もうちょっとさらさらと時間を区切って書くことにします。

 

それにしても、Twitterを始めてから物事を140字以内に短く書くくせがついちゃって、長い文章を組み立てられない。元々、思考が散らかり気味でどんどん広げていくけどまとめたり構造化することはあまり得意でない(訓練したので意識すればできるけど)ので、何文字でもいいよ、好きなこと書いていいよ、といわれると返って何もかけなくなるタイプ。白い原稿用紙や白い画用紙がこわいタイプです。

 

白い紙こわい症候群(勝手に今名付けた)になったのはなんでかなーーーとつらつら考えてみたけど、多分上手に書かないといけない!うまくまとめないと!というプレッシャーが強くて書けないんだと思います。なんか適当にぐちゃぐちゃっと書いておわり!みたいなことができない、きれいに書かないといけないような気がするんです。これって幼少の頃の嫌な思いでにつながってるとおもうので、自分で自分に多少ぐちゃぐちゃでもいいじゃないか、大丈夫大丈夫といって慰めながら書くことにします。

 

もう何十年も生きてるのに今更なんでそんなこと考えたかというと、最近長男(かの太8歳)が失敗を恐れるそぶりをちらちらとみせるのが気になったからです。よく育児本とかにでてくるのは「よくできるね、頭がいいね」と本人の資質ほめると失敗するのがこわくなり挑戦しなくなる、「よくがんばったね、努力したね」と努力をほめると失敗を恐れず挑戦するようになるってやつですね。私は小さい頃から家にあった育児本を読みふけり「子どもはしかるんじゃなくてほめるべきです」とか書いてあるのを読んで「こういう風に私をそだててくれればいいのに…!」と思い詰めていたタイプなので、ほめる子育てを自分の根気の続く範囲で心がけてきた訳ですが、上記のような才能と努力をわけてほめるようなことはあまりしてこなかったような気がします。

 

なので、こどもたちの努力をほめて、失敗してもいろんなことがチャレンジできるようになってもらうために、自分も白い紙こわい症候群を克服しよう、つまり失敗してもいいじゃないいかと思えるようになろうと思ってブログを書いている訳です。なので、誰に読まれなくてもたんたんと書き続けることが必要なのかな、とおもって、リハビリだと思ってこれを書いています。

 

今日もとっちらかってる長文だけど、時間はかかりすぎてないきがする。よしよし。

 

成長 or Die; こどもを育ててみてよかったこと

初めてのブログを書いてからずいぶん日が経っちゃいました。何から書こうか考えてたらなやんじゃって。いいテーマが思いついても忘れちゃったり、キーボードに触れなかったりで。

 

で、昨日見かけたツイートでちょっと考えたことを少し。流れてきたのは成長orDieというツイートでした。

 

 

成長 or Die的なことは会社でもよく言われるし、ビジネス上ではうまく使われてることもあると思います。でも上のツイートではノルマ達成=成長と定義されているので、ツイートの内容は働き過ぎ、もしくはちまたではやりのブラック企業を揶揄している内容となってます。でも成長って金を稼ぐことに結びつく努力/技能/能力だけじゃないからね。

 

で、タイトルの件に戻るのですが、こどもを育てていてよかったことのひとつは「人間は成長したがるものなのだ」ということに気づいたことです。お子さんがいらっしゃる方はきっと皆実感されていると思うのですが、生まれたてほやほや、自分では何もできない赤子があれよあれよというまに首が据わって寝返って腰が据わっておすわりしてハイハイしてつかまり立ちして歩くようになる。段差を乗り越えるようになり走るようになり高いところからジャンプするようになる。その成長の過程で毎日毎日熱心に繰り返し、一つできるようになると次の課題を自分で決めて取りかかる。もちろん生物としての本能ですから当たり前、と言われればそうなのですが、それでもその過程で見せる根気、努力、そしてできたときの達成感にあふれた笑顔!人間は成長がうれしい生き物なのだということを実感できます。

 

子どもの頃私は大人というのは人間の完成形で、もうそれ以上成長しない、する必要のないものだと思っていました。飛行機で言えば、助走して、離陸して、水平飛行に入った感じ。働いて、稼いで、食っていく、その繰り返しであると。でも大人になってみたら完成形なんてまだまだ、全然ほど遠い自分に途方に暮れました。そこへ次々と襲ってくる環境変化。景気が悪くなったり、自分が年を取ったり。結婚によるライフスタイルの変化はあまりなかったけれど、こどもがやってきたことによってさらに自分以外の面倒をみるというハードルまで!私の完成形はいつやってくるの?飛行機で言うところの自動操縦はいつやってくるの?という感じにヘトヘトになりがちでした。

 

でも、人間は成長したがるものし、それが喜びなんだと気づいてからすごく気持ちが楽になりました。だって、こどもはあんなに楽しそうに毎日毎日いろんなことをするんですよ。うまくできなくていらいらしたり、いやになってしまって中断することもあるけれど、かならず新しい何かを獲得するんです。そしてそれがうれしくてたのしい。人間はみんなそうなんだなーと思えたのです。だから成長 or Dieってその通りだと思います。だってたのしくなければDieじゃないですか。

 

はじめての…

ブログな訳ですよ、今更ですが。

 

自分の考えをまとめて長めの文章で書く機会が最近なかなかなくて、私の脳の最も退化してそうな部分なのです。文章がへたくそだし、あまりうまくかけないとおもうのですが、もうほぼ老人の脳トレ気分で。

 

とか言って、既に何を書いたらいいのかわからなくなってますが、そんな私にはてながお題を!右側のバーに!

  1. かんたんな挨拶や自己紹介をしてみましょう
  2. このブログでこれから書いてみたいと思っていること。「今日印象に残ったこと」などテーマをはっきりさせるとブログが続きやすくなります
  3. 新しいブログを始めるにあたって、意気込みを一言!

高!ハードルたっか!簡単な自己紹介一番難しいわ!ブログでこれから書いてみたいと思ってることわかってたらもう書いてる!意気込み…もう…むり…

 

できる範囲でできることをぽちぽちやっていきます…(精一杯の意気込み)

 

よろしくお願いします。